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おもしろい商売

 

大阪日本橋に

全国のインスタントラーメンを販売する店があるという。

何でも、学生時代から全国各地のラーメンを

食べ歩いた店主が開いた店のようだ。

 

 

秋葉でもインスタントラーメンを食べさせる店を聞く。

東西の似たような電気街、オタクの聖地のような土地柄。

おもしろいことを考えて、ビジネスチャンスをうかがう。

何とも今風である。

 

 

1100円から300円くらいのラーメンは、

土日には60年代のレトロなテレビを眺めながら、

ちゃぶ台でラーメンを味わうこともできるようだ。

昭和はずいぶん遠くなったが、オタクの世界では生きている。

 

 

どうやら、アニメや秋葉などの風土は

活力の喪失した文壇に代わって、

文化の発信と同時に懐かしむ土地にもなっているようだ。

大阪はインスタントラーメン発祥の地である。

 

 

袋入りラーメンは、今よりずっと高価であった。

カップラーメンが出ていても、貧乏な学生の下宿では

袋入りラーメンを毎晩夜食に食べたものである。

いつの間にかあの時代が懐かしくなるほど

時間が過ぎ去っていることに唖然としたのは

ひょっとして小生だけでありましょうや。

 

 

楠山敬志 * 2012年05月 * 01:21 * comments(0) * trackbacks(0)

また会いに行った私がいた

 

12時の特急に乗って、車中で弁当を食べた。

徳島で降っていた霧のような雨は、穴吹ではあがっていて、

それをいいことに先週と同じ道を歩いてみた。

アザミは同じ場所で元気でいた。

 

 

多分先週見たのはもう種になっている。

しばらく立ち止まって、眺める時間はどれくらいか。

写真に収めて歩き始め、後ろ髪を引かれるのではないが、

何か感じている自分に気が付いた。

 

 

これは、何かこう若い頃、

恋人に会いにきたのに似たような不思議な気分。

これって何でしょう。

単なる気分で片付けるのがいいのかしら。

などとたわいもないことを考えて歩いていた。

 

 

 

楠山敬志 * 2012年05月 * 07:38 * comments(0) * trackbacks(0)

悲しいのはなぜ

 

このところ目立ってかんにさわるものがあった。

特急の自由席に、小生は早くに座って出発を待っていた。

しばらくするうち、小生の直ぐ後ろの席に2人の老婆が座ったのだ。

あらかじめ断っておくが、こうみえて小生は比較的老人には優しい。

子どもの頃から年寄りに大切にされてきたからかどうかしらない。

 

 

この小生が頭にきて我慢がならなくなったのであるから、

おそらく妥当な判断であろう。

人間歳をとっても、ばかな連中にはどうしようもないようだ。

先ほど来、小生の真後ろで、のべつまくなしに話し続けている。

 

 

それがまた甲高い声と、イライラ感満載の話口調で

中身のない会話が延々と続くのである。

直ぐ前の席にいる小生は、睡眠はおろか、読書すらままならないとくる。

よほど「静かにしなさい」と注意しようかとすら思ったが、思い止まった。

 

 

とうとう20分近く我慢したが、これにも限界があり、

通路を挟んで反対側のいくつか前に移動した。

それも気付かれないように、窓際に日光が差しはじめたタイミングを見計らった。

ところが、かなり音量のある列車の数座席前まで、

彼らのイライラミサイルは着弾するではないか。

 

 

どうやら隣の車両かもっと前まで移動する必要がありそうだ。

小生とて乗り慣れた列車である。

降車位置をある程度は考えて乗っている。

困った挙げ句にとうとうたどり着いたPAC3迎撃システムは、iPodであった。

 

 

これが上着のポケットに入っていなければ、

間違いなく小生は隣の車両に移動していた。

それにしても、生まれながらにして愚か。

数十年、場合によっては百年近くたっても愚かな人間もいるものである。

 

 

他人の迷惑に微塵も配慮できない人間だ。

こんな連中とは、間違っても

麻雀やゴルフや酒席に同席したくないものである。

久しぶりに、なぜか悲しくなった。

 

 

楠山敬志 * 2012年05月 * 00:02 * comments(0) * trackbacks(0)

こだわりの一品とともに

 

最近はまっている「牛肉のきんぴら」。

材料はゴボウとニンジンまでは普通だが、

ここにステーキを薄切りにして入れるのが画期的だ。

以前も紹介したが、とにかくはまっている。

 

 

通常きんぴらは多めの油でフライパンでゴボウを炒めることになるが、

これは鍋を使って煮るため油は使用していない。

鍋に和風出汁と酒、みりん、醤油をあわせ、

あくぬきをしたゴボウとニンジンを煮る。

 

 

ステーキを細く切り、片栗粉を薄くかけ、熱湯をさっとくぐらせる。

ゴボウとニンジンに火が通ったところに、このお肉を加えて、

とろみと味を整えてできあがりだ。

ゴマを振りかけ、お好みで七味をかけると一層おいしくいただける。

 

 

この日は、シメざばときゅうりの酢の物とお味噌汁である。

美味なるかなきんぴら、是非おためしあれ。

 

 

楠山敬志 * 仙人のお料理 * 00:05 * comments(0) * trackbacks(0)

ばかかうそつきかのどちらか

 

昨日の地元徳島新聞のトップ記事は、

飯泉知事の支持率が80%を超えるものであるという

奇妙なヘッドラインであった。

実は、いまだに小生もこの小学生の壁新聞にも劣る

地元新聞を購読している。

 

 

購読というのは少し違うかもしれなくて、

正しくは購入しているというのが正しい。

家族は読んでも、少なくとも小生はもう何年も読んでいない。

この地方紙に限らず、新聞は読むに値しないものになった。

 

 

徳島県知事の支持率が8割を超える。

この何段抜きかのヘッドラインが仮に真実であれば、

やはり徳島県にはこれだけのあほが住み着いている

という悲しい調査結果が示されたことになる。

 

 

何もしなく、ひたすら退職金増額のみのために

強敵が出るまでは、遊び続けるうつけ者だ。

中央官庁から出向先の県での政変に乗じて

選挙出馬し、おいしい短期公務員を続ける。

 

 

まさに前世紀の遺物然とした官僚の天下り知事。

全国各地にはまだこういうばかが居座っている。

問題はこの80%超という数字の信憑性にかかっている。

多数派がばかであるのは東京都も同じである。

しかし、さすがに東京にはあほが8割もいない。

 

 

可能性のひとつにこの記事の捏造が邪推されるが、

いくら地元紙が信用できないとはいえそこまではすまい。

普通はこの程度の認識が正しいのであろう。

しかし、この新聞に関する限り、何とも言えないのである。

小生は何度も捏造記事を確認している。

 

 

いくらなんでもここまで断言するには

それなりの根拠と証拠があって書いている。

小生の自宅のファイルには、この新聞社の捏造記事と

その嘘を証拠づける公的証拠物も保管されている。

 

 

でなけば、ここまで断言するのは

あまりにリスキーな与太話を書くブログであることになろう。

それほど小生はいい加減な人間ではない。この新聞は

過去に何の根拠もなく、読者を欺く記事を平気で書いている。

 

 

「この記事を書いた記者を出せ」

と一度文責を追及したことがある。

あまりにもひどい内容であったからだ。

電話に出た社員は「出せない」の一点張りであった。

 

 

何より証拠の、「語らぬに落ちる」とはこのこと。

やはり、彼らはやくざ以下の存在である。

 

 

楠山敬志 * 2012年05月 * 00:10 * comments(0) * trackbacks(0)

誰を追放

 

近頃、テレビの音が異常にうるさくなっている。

以前からそうであったが、やはり地デジの影響が大きい。

ご存じのように、地デジ以前はCMがステレオで

放送自体はアナログであった。

ビデオのCMカットなんかはこの特徴を利用したものであった。

 

 

ところが、地デジ対応の放送になって

テレビから流れる音すべてがステレオ放送になった。

以前からどうしようもないやかましさが

地デジになってますますどうしようもない生き物ぶりに

磨きがかかっている。

 

 

せっかくの素晴らしい技術も、ああいったあほな連中に与えると、

こうもくだらないものを作り出すかという見本のような

情けない状態である。

もうばかにつける薬はないとはこのことだ。

 

 

しからば、あれをみて喜んでいる連中はいったい何だ、

ということになる。

とにかく、ニュース番組だろうと何だろうと

誰かが話している間にも、まったく関係のない

珍奇な音楽を並行して流している。

これがまた合っていないとくる。

 

 

終わったとたんに、CMのやかましい音が連続する。

やはり間違っても小さい子は遠ざけるべき代物だ。

「悪書追放」を叫ぶ親は、「テレビ追放」に

早く気がつくべきであろう。ちょっと無理か君たちには。

楠山敬志 * 2012年05月 * 09:24 * comments(0) * trackbacks(0)

あざみの群生に

 

年に数回しか歩かない駅から教室までの道。

すでに自然は匂いまで変わっていて新鮮だ。

同じ場所なのに、前回歩いたときはたんぽぽが顔を出しはじめて

春の足音が聞こえそうな感じがした。

 

 

この日はもうあざみが勢力を誇っていて、

たんぽぽは隅に押しやられている。

梅雨までの間の、季節の端境期のような時期を感じてしまう。

 

 

この道を少し行って、四つ角の信号待ちで立ち止まった。

道端にはツツジが満開だ。

しかし、人の手が入った息苦しさで、

ツツジがかわいそうに満開を向かえている。

 

 

あまりに不自然な満開に、カメラに収める気がしなかった。

普段なら、普通に通り過ごしてしまう風景だ。

「ツツジがもうすぐ終わりだな」くらいの感想しかもたない。

しかし、先ほど見たあざみの群生があまりに自然で、

対照的に受け止めてしまう自分がいる。

不思議なものである。

 

 

楠山敬志 * 2012年05月 * 08:07 * comments(0) * trackbacks(0)

日銀は本当の中央銀行か

 

与野党で日銀法改正論議が高まっている。

しかし、この最重要課題が

消費増税法案をめぐる駆け引きの材料になるなど最低である。

現状、金融緩和をしても、肝心のマーケットに資金が出てこない。

「蛇口」を閉じた銀行の当座預金勘定だけが膨れ上がっている。

 

 

「日銀の独立性」すら理解できていない国会議員が

与野党の大半をしめる。国会議員は、もうほとんど中学生レベルである。

「日銀の独立性」とは、政策目標に関するものではない。

あくまで、「政策目標」は内閣が中心となり国会が決めるものである。

 

 

国会、すなわち国民が決定した政策目標を実現すべく、

日銀は中央銀行として政策手段を選択決定する。

この「政策手段」があらゆる政治的背景から独立して

日銀の裁量でなされなければならないのである。

この「政策手段」の独立性が、中央銀行の独立性に他ならない。

 

 

政策目標までが日銀の裁量であれば、

国民や国家は日銀に対して何ら権限をもたない。

それでは選挙自体が意味をもたないことになろう。

これはほぼ中央銀行に関する国際社会の定説である。

まさに、このことを議員が理解できていないゆえに、

わが国では日銀の官僚としての「さぼり」を放置したままとなっている。

 

 

日銀法改正が、海外から日本の国そのものへの信認が揺らぎ

市場の混乱を招くという議論は当たらない。

そもそも現在の国際金融市場で、我が国がインフレターゲットを

明確に採用したとして「混乱する市場」とはどこの市場であろう。



海外から見た我が国のソブリンリスクとは、

成長力を回復できぬまま、消費税を含む税制改正もできず、

日本国内での国債消化が困難に至る過程をさすものであろう。

まずはデフレ脱却、成長力の回復(名目2%程度)、

その後消費税率の引き上げが妥当な選択であると断言できる。



 

楠山敬志 * 国際政治 * 08:36 * comments(0) * trackbacks(0)

たまには許せよ

 

連休中は料理三昧の日々が続いていた。

普段はなかなか時間がかけづらいメニューをなるだけ選びたい。

豚の角煮やシチューを鶏ガラから作るとなると、

どうしても数時間はかかるものだ。

鶏ガラスープなどへたをすると、2日がかりとなる。

 

 

今回は久しぶりに豚の角煮だ。

この料理は、通常下茹でに1時間程度要する。

煮だったお湯に、表面をあらかじめ焼いた豚ブロックとネギを入れ、

ごとごと中火で茹でるのだ。豚肉を柔らかくするのと、

脂を落とす作業である。

 

 

通常、我が家では豚ブロックは、

チャーシューにして冷凍保存している。

これはなかなか重宝で、ラーメンはもちろんチャーハンなどに

直ぐに自家製チャーシューが登場する。

 

 

茹で上がったブロックは、今度はもう一度別のお湯に

砂糖、お酒、醤油、生姜を投入し、煮込む。

ゆえに、二度の過程が入るゆえ、

この間小生はパソコンの画面と厨房の掛け持ちである。

 

 

今回、この間に鶏肉と大根を用意した。

豚の角煮の煮汁を出汁で薄め、鶏肉と大根の煮込み料理だ。

豚ブロックスープの二次利用である。

たまには年齢を度外視したものも食べるのもいいか。

 

 

楠山敬志 * 仙人のお料理 * 07:24 * comments(0) * trackbacks(0)

シナリオは中ほどまで現実に

 

フランス大統領選は6日、決選投票でオランド候補が

サルコジを僅差で破り勝利した。

フランス国民は財政再建よりも福祉を選択したのである。

今回の選挙結果は、社会党への支持というより、

国民は目先の「生活」を選択したというもので、

おそらく左への政治的旋回ではないと考えられる。

 

 

失業率等の国内問題に、経済成長を優先させるという

彼の主張を過半数の国民が支持したものである。

当面の国際社会での課題は、言うまでもなく

EUとしての域内国家の財政破綻回避であって、

フランスの政治的立ち位置ではない。

 

 

この5年、メルケル・サルコジが足並みをそろえ、

ギリシャに始まった加盟国の財政問題に対処した経緯がある。

今回のフランスの選択は、国際社会とりわけ

EUにとってはあまり歓迎できるものではない。

 

 

選挙前からサルコジの苦戦は伝えられていて、

当面極端な動きはないものと考えられる。

しかし、フランスの今後の財政悪化は避けられない。

問題は60%ものフランス国債の外人所有比率である。

 

 

注目すべきは、彼らが即座に反応することではなく

この数字自体がすでに減少をはじめている現実である。

外国人の国債売却は、即フランス国内の銀行が引き受ける

ことを意味しており、オランド氏の政策との整合性が問題なのである。

 

 

フランスの財政出動、すなわち財政赤字政策は、

まずは格付け機関のフランス国債の格下げに影響。

国債価格の暴落、金利の暴騰というシナリオが

ヘッジファンドによって描かれ、すでに「2ランク格下げ」

までは現実のものとなる可能性が高い。

 

 

ドイツ主導で描いてきたEU再建に暗雲という

現実に、我々は直面したのである。

民主主義が経済破綻の前に機能しなくなる現実は、

我々日本人はこの20年目の前にしてきたところである。

 

 

フランス、イタリア、スペインというEUの中では

ドイツの次に並ぶ主要国家の財政破綻の可能性と、

国際社会は対峙する時代の到来と受け止めて

どうやらよさそうである。

 

 

ひょっとして、この時代の扉を開けるのは

ヘッジファンドではなく富裕層の国外転出、

もしくは英国領タックスヘイブンやスイスへの資金の流出かもしれない。

ただでさえゴミだらけのパリは、ますますゴミの山になるかもよ。

フランス版デラウェアでも作りますか、オランドさん。

 

 

 

楠山敬志 * 国際政治 * 00:02 * comments(0) * trackbacks(0)
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